はじめに:「できない」で止まっている子がいます
鉄棒の授業が始まった時、「え、こわい」「ぶら下がるの苦手」と言って、その場に立ち尽くす子がいます。何度も挑戦してみるけれど、腕がプルプル震えて落ちそうになったり、思いきって足を振っても全然回れなかったり。そんな自分に落ち込んでしまい、「もうやらない」と離れていく子も少なくありません。
でも、彼らは“やる気がない”わけでも、“甘えている”わけでもないんです。
鉄棒が苦手な子には、その子なりの「感じにくさ」や「動かしづらさ」があって、それが動きのぎこちなさや怖さにつながっていることがよくあります。
この記事では、「なぜ鉄棒が苦手に感じるのか?」という背景と、理学療法士の視点からできるサポート方法、そして家庭や学校での工夫を紹介します。
1. 鉄棒の苦手にはこんな背景があるかもしれません
■ 揺れる感覚が怖い(前庭覚の課題)

鉄棒は「体が宙に浮く・揺れる」感覚が大きい運動です。これは、バランス感覚(=前庭覚)に強く関係しています。前庭覚が過敏な子は、少しの揺れでも怖く感じやすく、「回るのがこわい」「逆さになるのが気持ち悪い」と感じやすくなります。
逆に、前庭覚が鈍いと、回る感覚をうまく感じ取れず、タイミングを掴みにくいことがあります。
■ 腕の力がうまく入らない(固有受容覚の課題)

鉄棒にぶら下がるには、体を支えるための腕や体幹の力と、それをコントロールする「力加減を感じる感覚(=固有受容覚)」が必要です。
でもこの感覚が未熟だと、手で鉄棒を握っていても“どれくらい力を入れたらいいのか”がわからず、すぐに手が離れてしまう・ふらつくということにつながります。
■ 自分の体の動きをイメージしづらい(ボディイメージの未熟さ)

鉄棒は「頭の中で動きをイメージして、それを体で再現する」難しい運動です。前回紹介したような“身体図式”や“空間の中での自分の位置の把握”がうまくできないと、足をどこまで上げるのか、腕のどこで支えるのか、といった一つひとつの動きがイメージできず、「どう動いたらいいか分からない」と戸惑ってしまいます。
2. 鉄棒の導入をスムーズにするコツ
鉄棒が苦手な子が最初から逆上がりに挑戦するのは、実はとてもハードルが高いものです。
そんな時は「ぶら下がる・揺れる・支える」といった“基礎となる感覚”から経験できるように工夫してみましょう。
◎ スモールステップの例
- まずは鉄棒に「触れる」「ぶら下がる」からスタート(数秒でもOK)
- 手をついた状態で“前に揺れる”だけでも十分な前庭刺激
- 足を上げるより先に、「両腕で自分の体を支える遊び」もおすすめ
◎ 家庭でもできる遊び
- 公園のうんていで手をかけてぶら下がる
- 洗濯物干しにタオルを巻いて「ぶらぶらごっこ」
- 座布団やクッションを使って「手押し車あそび」(体幹も腕も育つ!)
「できそう!」「やってみたい!」という気持ちを引き出せたら、そこがスタートです。
3. 声かけと関わり方のヒント
鉄棒の前で止まってしまう子には、力づくでやらせようとするよりも、「安心できる関わり」が大切です。
◎ 理学療法士としての視点

「できる・できない」よりも、「どの感覚の発達がもう少し必要なのか?」に注目することが支援の出発点になります。例えば、前庭覚の反応が敏感なら、まずは「ゆれる感覚」に少しずつ慣れていくところからで大丈夫。
◎ 保護者としてできること
- 無理に逆上がりの練習をさせなくてOK
- 遊びの中で「ぶら下がる・支える」経験を増やす
- 「やってみたこと」を認めてあげる
「できるようになったこと」よりも、「できることが増えてきていること」を一緒に喜べる関わり方を大切にしましょう。
おわりに:ゆっくり育つ力を信じて
鉄棒は、運動が得意な子でも苦手意識を持ちやすい種目です。
でも、だからこそ、焦らず・比べず・その子のペースで関われる大人の存在が必要です。
えいと運動教室では、「その子の“からだの感覚”に合わせたサポート」を大切にしながら、苦手の背景に寄り添う関わりをしています。
少しずつ、少しずつ、楽しさと自信が重なるように。できなかったことが「ちょっとだけできた!」に変わる瞬間を、みんなで一緒に喜べたら嬉しいですね。
参考文献
Chicago Occupational Therapy (n.d.). Gross Motor Play and Sensory Development in Children
佐藤哲史・森田哲史(監修)『感覚統合と運動感覚の教科書』Gakken, 2022年
Ayres, A. J. (2005). Sensory Integration and the Child.
Middletown Autism (2020). Understanding Proprioception and Vestibular Systems