~感覚の苦手と心のつまずきを読み解く~
背景:どうして体育だけがイヤなの?
「体育だけが嫌い」「体育の時間になるとお腹が痛くなる」
そんな子どもの声、保護者として聞いたことはありませんか?
実は、体育の授業には “できる子”が目立ち、“できない子”がつまずきやすい構造 があります。
- みんなの前で見られる
- 上手・下手がはっきり見える
- できないと恥ずかしい
- 友だちから笑われる・比べられる
こうした環境の中で「失敗体験」を何度も重ねてしまうと、
「どうせ自分にはできない」「やっても無理」と思い込むようになり、体育への苦手意識や不安感が強くなっていきます。
そもそも、体育ってどんな教科?
体育は「体を動かす教科」である一方で、
- ルールを理解する
- 友だちと協力する
- タイミングを合わせる
- 空間や距離を感じ取る
といった 感覚や認知、対人スキル もたくさん関わっています。
つまり、“体を動かすだけじゃない”難しさがあるんです。
とくに以下のような子どもたちは、体育に苦手を感じやすくなります。
こんな子は要注意かも?
- ボールのキャッチや投げが極端に苦手
- みんなの前に立つと固まってしまう
- 順番を待つのが苦手でルールがうまく守れない
- 動きの切り替えやタイミングがずれてしまう
- 「できない」体験が多く、やる前からあきらめている
こうした子たちは、感覚や認知のつまずきを抱えている可能性があり、
単に「体育がキライ」というより、“自分ではどうにもならない苦手”を感じていることが多いです。
やり方:体育が嫌いになる「感覚と身体」の背景
体育の授業でつまずく子を見ていると、単に「運動が苦手」では片付けられないことがよくあります。
理学療法士として子どもたちの動きを見ていると、そこには“動かしづらさ”や“感じにくさ”が確かに存在していて、
本人も気づかないうちに、体をうまくコントロールできないストレスを抱えていることがあるのです。
感覚統合の視点をふまえると、次のような感覚の「未成熟」が、体育のつまずきにつながっていることが多くあります。
① 前庭覚:動いているときのバランスがとれない
体育ではジャンプ、回転、走る・止まるなど、常に体が動きます。
前庭覚がうまく働かないと、こうした動作中に 姿勢が安定せず、ふらついたり、動きがぎこちなくなりやすいです。
- ジャンプやマット運動で体の軸がぶれる
- 回転運動や方向転換で気持ち悪くなってしまう
- 体が“今どう動いているか”を感じにくく、動作のキレが悪い
前庭覚の働きが未熟なまま集団運動に取り組むと、失敗が続いてしまい、自信を失いやすくなるのです。
② 固有受容覚:体の力加減や動きの幅がうまく調整できない
子どもたちは、固有受容覚を使って「どれくらいの力で、どれくらい動けばいいか?」を無意識に調整しています。
この感覚がうまく育っていないと…
- ボールを投げるときに変な方向に飛ぶ
- ジャンプの高さや幅が毎回違って安定しない
- 鉄棒などで“握る力”が入りすぎて疲れやすい
理学療法士としての視点でも、「力の入れ方がうまく調整できていない子」は非常に多く見られます。
動きを真似しようとしても、「どれくらいの力で?」が分からないため、実際の動作につながりにくいのです。
③ ボディイメージ(身体図式):自分の体の位置や形がつかめない
自分の体が「今どこにあって、どうなっているか?」という感覚が曖昧な子は、空間の中での動きに迷いが出ます。
- 縄跳びで縄との距離感がつかめずに引っかかる
- 跳び箱で踏切のタイミングがとれない
- 集団の中でぶつかりやすい・タイミングがズレる
理学療法士の立場から見ると、「動きのイメージが描けていない」ことが原因で動き出せない子も少なくありません。
いわば「体の地図」があいまいなまま走ったり跳んだりしようとしているため、動きがぎこちなくなるのです。
④ 感覚と感情の結びつき:「できない=恥ずかしい=もうやらない」
運動に苦手感がある子ほど、「できない自分」を強く意識しやすいです。
さらに、体育は“みんなの前でやる”“うまい子と比べられる”という環境が加わるため、
ちょっとした失敗でも、「恥ずかしい」「見られたくない」「嫌だ」という強い感情がセットになります。
その結果、次のような循環が生まれます:
苦手 → できない → 恥ずかしい → さらにやらない → もっと苦手になる
このように、「感覚のつまずき」は、身体の動かしにくさだけでなく、心のブレーキにもつながるのです。
理学療法士として子どもと関わるなかで感じるのは、
「この子、やる気がないんじゃなくて、“動かし方が分からない”んだな」
というケースが本当に多いということです。
動きを支える感覚が育っていなければ、体育の動作はとても難しく感じられます。
“できない”背景を理解してあげることが、何よりの第一歩です。
工夫:体育の苦手を「楽しい」に変えるヒント
体育の苦手には、「動きにくさ」だけでなく、
“できなかったこと”に対する恥ずかしさや不安、怖さが重なっていることがとても多いです。
だからこそ、最初に必要なのは「上手にできるようになること」ではなく、
“安心して体を動かせる環境”をつくることなんです。
ここでは、家庭や学校でできる3つのアプローチをご紹介します。
① 「できた!」より「気づいたね」「やってみたね」を言葉にする
体育が嫌いな子ほど、“できた・できない”でしか評価されてこなかった子が多いです。
でも、チャレンジできたこと自体が本当はすごいこと。
たとえば:
- 「今日、自分から前に出ようとしてたね」
- 「ジャンプのとき、体がさっきより大きく動いてたよ」
- 「転んだけど、また立ち上がってたね!」
など、**“動こうとした気持ち”や“前より進んだ変化”**に目を向けて、
できるだけ言葉にして伝えてあげてください。
理学療法士として現場にいると、「本人が一番、“できない”ことを分かっている」ことが多いんです。
だからこそ、小さな“できた”の手前にある、“やってみた勇気”を認めてあげることが、
その子の「次の一歩」につながります。
② 体育の動きにつながる“日常遊び”を用意する
体育が苦手な子ほど、「体をどう動かせばいいか分からない」状態で授業に出ています。
そんな子にとっては、いきなり“体育の技”を練習するより、もっと身近な動きの中でコツをつかむ方が効果的。
たとえば:
- 縄跳びが苦手な子なら… → ゴム跳びやタオルジャンプでリズム遊び
- ボールが怖い子なら… → 転がしボールや風船キャッチで距離感の練習
- 跳び箱が怖い子なら… → 手をついて乗り越えるだけのマット山越えごっこ
こうした遊びは、家庭でも取り入れやすいですし、
何より「これ、楽しい!」と思える体験を増やすことで、体育の世界にポジティブな感情を持てるようになります。
③ 失敗や苦手を笑わない空気をつくる
体育でいちばん傷つくのは、「できないことを人に見られること」「笑われること」です。
理学療法士としても感じますが、子どもの運動の自信って、できる/できない以上に、周りの反応で決まるところがあります。
- 「あいつまたミスった」と言われない環境
- チームワークの中でできることを見つけられる雰囲気
- 先生が“見逃さず、笑わず、寄り添ってくれる”目線
こうした空気感があるだけで、子どもは「もう1回やってみようかな」と思えるようになります。
家庭でも、苦手な動きにチャレンジしているときは、結果よりも「見てたよ」「やってたね」を声に出してあげてください。
体育が好きになる土台は、まず**「安心して試せること」**なんです。
🔍 “感情のつまずき”にこそ、支援の糸口がある
体育の苦手さは、単なる身体の問題ではなく、
その子が持っている「自信のなさ」「怖さ」「人と比べてしまう気持ち」などの、
感情のつまずきが絡み合っていることが多いです。
だからこそ、支援は運動だけじゃなくて、
**「できたと思える経験」「見てくれる人がいる安心感」「否定されない空気」**があって、
はじめて“体を動かしてもいいかな”という気持ちが生まれます。
動きの支援と、感情の支援は、いつもセット。

体育の嫌いを減らす鍵は、
「できるようになる前に、自信を取り戻すこと」にあります。
まとめ:体育が嫌いでも、大丈夫。
体育の授業を嫌がる子どもに対して、
「やる気がないんじゃないか?」「どうしてみんなと同じようにできないんだろう?」と、
保護者や先生が不安に思うこともあるかもしれません。
でも、子ども自身も本当は「できるならやってみたい」と思っていることが多いのです。
体育でつまずいてしまう背景には、
- 前庭覚や固有受容覚といった感覚の未発達
- 自分の体の動きや力の加減がつかみにくい状態
- 失敗経験を重ねたことによる**“感情のつまずき”**
が重なっていることがあります。
私たちにできることは、“上手に動ける子”にすることではありません。
その子が安心して体を動かせる場をつくり、
少しずつ「やってみようかな」「できるかも」と思えるような関わりをしていくことです。
たとえ、跳べなくても、投げられなくても、
「やってみた」「またやりたい」と思える気持ちこそが、
体育が“嫌いじゃなくなる”最初の一歩になるのです。
📚 参考文献
- 佐藤哲史・森田哲史(2021)『感覚統合と運動感覚の教科書』秀和システム
- Ayres, J. (2005). Sensory Integration and the Child. Western Psychological Services.
- 文部科学省『学習指導要領(体育)』